ゴールデントライアングルと麻薬王クンサー

ゴールデントライアングルと麻薬王クンサー

ゴールデントライアングルを背景に撮影

ゴールデントライアングルにて撮影

タイ人のスタッフが、ゴールデントライアングル
(タイ、ミャンマー、ラオス 3国が接する国境)へ行ってきました。

 一口メモ

ゴールデントライアングルは、ミャンマー(旧ビルマ)・タイ・ラオスの三国の国境が接する山岳地帯を指します。

かつてゴールデントライアングルは、世界最大の麻薬・覚醒剤の密売地帯でした。

ゴールデントライアングルから世界に向けて、麻薬が密売されており、アメリカをはじめ各国とも、その対策に頭を悩ませていました。

ゴールデントライアングルを支配していた麻薬王クンサーは、大量の私兵を雇い入れ、国家権力でさえ容易に介入できない魔境を、築き上げていたのです。

ミャンマー政府軍とクンサー軍との戦闘は次第に激化し、タイとミャンマーとの国境は戦火に包まれ、国境の町タチレクも包囲され、国境は閉鎖されました。

しかし、麻薬王クンサーは、1996年にミャンマー軍との取引に応じ、投降します。

戦乱はようやく収まりましたが、麻薬の生産が中止されたわけではありません。

クンサーの投降の条件は、麻薬の利権を一族が継続して支配できることでした。

クンサー自身はヤンゴンの施設に収監されますが、息子が麻薬王の地位を引き継ぎ、未だにミャンマーでは麻薬ビジネスがなかば合法的に行われています。

タイ側では王室プロジェクトが中心となり、貧しい農家の人々がケシの栽培に手を染めなくても済むように、コーヒーの栽培などが奨励され、今日では麻薬の生産は根絶されています。

タイ側のゴールデントライアングルは、現在では完璧に観光地化されています。

立ち並ぶお土産屋さんを通り抜け、のどかなゴールデントライアングルを目の当たりにすると、わずか数十年前には麻薬をめぐって血で血を争う暗黒の歴史が繰り広げられていたとは、とても想像できません。

負のイメージさえ、観光地へと転化させるあたりに、タイのしたたかさを見る思いがします。

麻薬王クンサーは、2004年にヤンゴンの病院で息を引き取りました。

享年七十歳と伝えられていますが、定かでありません。

麻薬王クンサーは、どこから来て、なぜ麻薬の利権を一手に掌握することができたのか、彼の出生と生い立ちについては、すべてが謎に包まれていますが、最後まで、その謎が明かされることはありませんでした。

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2012年2月20日|

カテゴリー:チェンマイの観光

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