ウィアンクムカーム遺跡と大洪水

ウィアンクムカーム遺跡と大洪水

ウィアンクムカーム遺跡

ウィアンクムカーム遺跡

ウィアンクムカームはチェンマイから
約5キロほど南に下ったサーラピー郡にあります。

ここは昔チェンマイの古代都市があったところです。

1984年に発掘されました。

その後、チェンマイの新しい観光名所として
紹介されるようになりました。


by タイ人研修生:プー、トアレック

 一口メモ

1296年にマンラーイ王が、チェンマイの地を都と定めて建設をはじめたことから、チェンマイの歴史の幕が切って落とされます。

そのほんの少し前、マンラーイ王がチェンマイのすぐ近くに、もう一つの都を造っていることは、あまり知られていません。

その都こそが、チェンマイよりも古い都、ウィアンクムカームです。

マンラーイ王以前、当時のウィアンクムカーム周辺は、ランプーンを本拠地とするハリプンチャイ王国の支配下にありました。

マンラーイ王は、ハリプンチャイ王国に代わる新しい王国を築くべく、都としてふさわしい場所を探していましたが、最後に選んだ場所がウィアンクムカームでした。

すでに街として発達していたこともありますが、ウィアンクムカームが都に定められた最大の理由は、ピン川がすぐ近くに流れているため、人々や物資の移動が容易だったことにあります。

ビン川の恩恵を受けて、ウィアンクムカームが肥沃の地であったことも、マンラーイ王を満足させたことでしょう。

ランナー王国の首都として、ウィアンクムカームは栄えます。

しかし、その栄華は長くは続きませんでした。

チェンマイのほうが、より首都に適していると考えたマンラーイ王によって遷都が行われ、ウィアンクムカームはチェンマイを守るための前線基地として、あるいは王室のリゾート地として利用されるにとどまりました。

その後もチェンマイとともに発展を遂げたウィアンクムカームですが、ビルマに支配されていた時代に大洪水に襲われ、そのほぼすべてが沈殿物で埋め尽くされ、壊滅します。

ビン川によってもたらされた肥沃の大地は、ビン川の氾濫によって消え去る運命にありました。

今も昔も、大自然のもたらす災害は、人の営みを無情に押し流していきます。

ウィアンクムカーム遺跡を歩いてみると、一瞬の栄華のあとに打ち捨てられ、次第に忘れ去られていった都の面影がしのばれ、なにかしら胸にこみ上げるものを感じます。

観光スポットからは外れるためか、見学する人々もまばらで、遺跡内はひっそりした雰囲気に包まれています。

そのことがよけいに、人の世のはかなさを訴えかけてくるようです。

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2011年5月24日|

カテゴリー:チェンマイの観光

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