チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーンの情報

チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーン(ゾウさんが作る高級コーヒーを飲みに行きま しょう)

午前 7:00 - 午後 7:00

チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーン
(ゾウさんが作る高級コーヒーを飲みに行きましょう)ツアー内容

チェンマイより北へおよそ180q進むと、チェンライです。チェンライは13世紀、ランナータイ王朝の都として栄えた歴史ある場所です。
チェンライ1日ツアーでは、チェンライ観光のハイライトにあたるゴールデントライアングルをメインに、山岳少数民族であるアカ族・ヤオ族の村を訪ね、さらにミャンマーとの国境の町メーサイと、古の都チェンセーンを巡ります。

ゴールデントライアングルは、メコン川とその支流ルアク川が合流する地点で、タイ・ラオス・ミャンマーの3カ国が国境を接している地域です。かつては世界最大の麻薬の生産地として、悪名の高かった場所ですが、麻薬王クンサーが去った今となっては、アヘンの産地としての危険な雰囲気はすっかり影を潜め、ゴールデントライアングルは観光名所として生まれ変わっています。

今はゴールデントライアングルの中で、ゾウさんが作る高級コーヒーも名物になっています。

チェンセーンは、タイ族最初の王朝として栄えたチェンセーン王朝の首都です。チェンセーンには歴史の重みを感じさせる遺跡や寺院が、静かにたたずんでいます。

チェンライからチェンセーンへ、そしてゴールデントライアングルから国境の町メーサイへ、ここにはいくつもの王国が入り乱れては繰り広げた壮大な歴史と、数奇な運命が刻まれています。


チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーン プライベートツアースケジュール表
備考: 状況により、ツアースケジュールが変わることがあります
チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーン ツアースケジュール
AM7:00

宿泊ホテルへお迎えに上がります。
はじめから終わりまで、日本語ガイドが同行します。

2

メーカチャン温泉にて休憩

3

山岳少数民族、ヤオ族・アカ族の村を見学

4

ミャンマーとの国境の町、メーサイへ
  ※オプショナルツアーA.....橋を渡ってミャンマーへ入国

5

ご昼食

6

ゴールデントライアングル観光
  ※オプショナルツアーB.....メコン川をボートで渡り、ラオスへ上陸
  または
  オプショナルツアーC.....ゾウが作るコーヒー園へ

7

古都チェンセーンへ
  *チェディ・ルアン寺院の本尊を見学

PM9:00

チェンマイに帰着、ホテルにお送りいたします

料金に含まれているもの
車・ガソリン込み/日本語ガイド/昼食代

料金に含まれていないもの
お飲み物/オプショナルツアー/夕食

弊社の遠方へのプライベートツアー(チェンライ、スコータイ他)には、弊社独自での医療治療費50万バーツ迄が出ます、旅行障害保険を無料でお付け致します。


申し込み画像1名様あたりの料金
チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーン プライベートツアー料金表
ご人数 お一人様当り価格 送 迎
 
1名様 5,800B 乗用車/ワゴン車
2名様 3,500B 乗用車/ワゴン車
3名様 2,700B 乗用車/ワゴン車
4名様 2,500B ワゴン車
5名様 2,300B ワゴン車
6名様以上 2,100B ワゴン車

チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーンのオプション

オプション 料金 備考
オプショナルツアー
(ミャンマー入国)
入国料実費負担 (事前予約要)
オプショナルツアー
(ボートトリップ)
1名様催行700B/1名様
2名様催行600B/1名様
3名様催行550B/1名様
4名様催行500B/1名様
5名様催行400B/1名様
6名様以上催行350B/1名様
(事前予約要)
オプショナルツアー
(ゾウが作るコーヒー園)
300B/1名様
※コーヒー代は含まれません。
(事前予約要)

チェンライ1日ツアー ゴールデントライアングル&アカ族・チェンセーンの見所

ゴールデントライアングル

ゴールデントライアングル画像
魔のゴールデントライアングル

ゴールデントライアングルは、ラオスとタイの国境を隔てるメコン川、ミャンマーとタイの国境を隔てるルアク川が合流する地点で、タイ・ラオス・ミャンマーの3ヶ国の国境線が交わっています。ゴールデントライアングルは、かつて世界最大の麻薬・覚醒剤の密造地帯でした。アメリカで発表される世界の麻薬犯罪者リストの筆頭に毎年掲げられていた麻薬王クンサーが、私兵を雇い、大規模なケシの栽培を行うことで製造された麻薬が、このゴールデントライアングルから世界中に流れていました。

しかし、1996年、麻薬王クンサーがミャンマー政府に投降したことで、ゴールデントライアングルの暗黒の歴史にピリオドが打たれました。現在では経済成長や取締強化により、タイとラオスでは、ケシの栽培はほとんど行われていません。ゴールデントライアングルに暮らす農家では現在、ケシに変わってウーロン茶やジャスミン茶、コーヒーなどが栽培されています。そして、ゾウが作る高級コーヒーも作られています。

負のイメージを払拭し、今ではすっかり観光地として生まれ変わったゴールデントライアングルですが、母なるメコンの川を対峙して浮かぶ三角地帯を眼下に望めば、人の尽きない欲望が産んだアヘンを巡る闇の物語に、胸が熱くなります。
歴史の渦に翻弄されたゴールデントライアングルの地に、あなたもぜひ立ってみてくださいね。

ゴールデントライアングルからは、メコン川を渡り、ラオス領ドンサオ島へ手軽に渡ることができます。途中、ミャンマー領にそびえる立派な建物は、カジノです。タイでは日本同様に賭博が禁止されているため、外貨を稼ぐために、ミャンマーによってカジノが運営されています。
ドンサオ島には土産屋と食堂があるだけですが、立派なラオス領です。ここからハガキを出すと、きちんとラオスの消印が押されます。

国境の町 メーサイ

国境の町メーサイ画像
メーサイからミャンマーへ渡る

メーサイはミャンマーと接する国境の町です。国境ゲートまでの大通り沿いには、土産をはじめとして、さまざまな物品を販売する露店が軒を連ねています。中国から入荷されたものが多く、ほとんどの商品がタイ国内よりも安価に購入できます。堂々とした風格で建っている国境を通過して、橋を越えれば、そこはもうミャンマー(旧ビルマ)のタチレクという町です。

ミャンマーは現在、軍部によって支配されている軍事国家です。タチレクに入ったからといって危険な雰囲気は微塵もありませんが、タイ国内では国王と王妃の写真が多く見られたのに対し、こちらでは軍服姿の写真が俄然目立ちます。注意して見れば、観光化されたタチレクの町のなかでも、ミャンマーの現在の実態を肌で感じることができることでしょう。

タチレクでは狭い通り沿いにファッション・電化製品・DVDなどの店が並び、連日歩行者天国のような賑わいを見せています。価格はメーサイよりもさらに安くなっているようです。煙草やブランド品のバッグや財布・アクセサリー・腕時計、日本語音声や字幕付きの最新映画や日本のドラマのDVDなども、驚くほど安い価格で売られていますが、ほとんどがいわゆる海賊版ですので、ご注意を!

チェンセーン

チェンセーン画像
チェンセーン湖の夕暮れ

チェンセーンは、まだチェンマイやチェンライができる前、ランナー王国の首都として栄えました。チェンセ−ンの歴史は、東南アジアの民族移動と政権争いで覆い尽くされています。

チェンセーンの歴史は古く、今からおよそ1500年前に、雲南省から軍を率いて南下してきた初代タイ軍指揮官シンハヌワット王によって、王国が開かれたのがはじめとされています。その後、民族紛争と地震に巻きこまれ、 幾たびか破壊と再生を繰りかえします。

度重なる災厄によって荒廃したチェンセーンですが、およそ700年前、ランナー王国を開いたメンライ王によって再興されました。メンライ王はチェンマイに首都を移しましたが、王とその一族になにか問題が起きたときには、チェンセーンに退いて体制を整えるのが常でした。防塁に固められた軍事都市、それがチェンセーンのもう一つの顔です。メコン川という自然の要塞にも守られたチェンセーンは、難攻不落の町として名を轟かせました。しかし、1558年、ランナー王国はビルマとの戦いに敗れ、チェンセーン一帯もビルマの植民地となります。

18世紀後半、バンコクのラマ一世の協力を得て、ビルマからの支配をようやく脱しますが、ビルマの来襲を恐れたラマ一世は、住民を移住させてからチェンセーンを破壊し、要塞の地としてのチェンセーンの時代に幕が下ろされました。

チェンセーンが栄えた頃には、数多くの仏教の寺院が建立されていました。今日、それらの遺跡は廃墟となっていますが、かつての栄華の跡がしのばれ、あたかも人の世のはかなさを語りかけてくるようです。

チェディ・ルアン寺院

ワットチェディ・ルアン画像
ワットチェディ・ルアンの仏塔

チェディはタイ語で「仏塔」、ルアンは「大きい」と言う意味です。チェンマイにも、まったく同じ名前の寺院がありますが、チェンセーンのワット・チェディ・ルアンの仏塔は、完全な姿で残されています。八角形の台座の上に、高さ18メートルの大きな仏塔がそびえています。

1291年に、ラーンナー王国の都が、まだチェンラーイにあった時代、ラーンナー王国の勃興期に建立された寺院です。 半ば崩れかけたレンガ積みの間を歩いて行くと、右手に屋根だけがあり、壁のない建物が見えてきます。それが本堂で、奥には金色に輝く大きな仏像が安置されています。

ワット・チェディ・ルアンの境内には、高さ20メートルほどのチークの大木が茂り、静かな雰囲気を醸しだしています。チェディ・ルアンに限らず、チェンセーンのお寺は、チェンマイやバンコクの整備された寺院とは異なり、苔むしたまま、ひっそりとたたずんでいる印象を受けます。町や村の人たちに見守られながら、大切に保存されているようです。

アカ族の村

アカ族の少女画像
アカ族の少女

村の入り口には、神社の鳥居そっくりの門があり、村の神様として木製の偶像が二体おかれています。アカ族の民族衣装といえば、銀貨や銀細工・ビーズなどをあしらったカブトの様な帽子が有名です。この帽子は見た目以上に重いのですが、寝るときでも外さないそうです。帽子は、悪霊が頭のなかに侵入することを防ぐためにかぶります。

アカ族は山岳民族のなかでも、もっともアニミズムを信奉する民族であり、あらゆるものに精霊が宿ると信じています。男女の交わりについても、山岳民族のなかで、もっともおおらかです。

アカ族の奇異な風習の一つとして有名なのは、双子が生まれたときです。アカ族にとって双子は不吉なものとされ、忌み嫌われます。双子を産んだ両親がキリスト教などに改宗しない限り、双子には悲惨な運命が待っています。そのカップルは村を追われ、家も焼き払われます。

今なお独特の文化を維持するアカ族の村は、神秘に満たされています。

ヤオ族の村

ヤオ族画像
ヤオ族の女性

アカ族の村の隣にあります。ヤオ族は、漢民族の圧迫により中国から南下してきた民族です。そのため、漢字や漢語が普及しており、アニミズムよりも道教の影響を強く受けています。ヤオ族の容貌も中国系です。

ヤオ族の民族衣装は、クロスステッチの刺繍の入ったもんぺ風のズボンや、頭にターバンのように巻きつける刺繍入りの布など、刺繍が大きなポイントを占めています。ヤオ族の少女にとっては、刺繍こそがもっとも大切な習い事です。ヤオ族の男たちは容姿ではなく、刺繍の腕前とセンスをもとに、結婚相手を選ぶからです。

ヤオ族は山岳民族のなかでは比較的裕福な民族として有名で、アカ族などから養子を買う習慣もあります。